釧路国際ウェットランドセンター
技術委員長
 
辻井 達一
 
北星学園大学 教授

 湿地をフィールドとした自然教育はかなり以前から各地で行われてきた。しかし、それを環境教育の場として、というのはまだ十分ではない。釧路国際ウェットランドセンターは、平成10年度から平成12年度までの研究事業として「道東湿地群をフィールドとする環境教育」をテーマとしてきた。東北海道は日本の湿地のきわめて主要な部分を占めるが、それは面積的なことだけでなくて、湿原の野外博物館とも称されるほどに多様なタイプのあることで特徴的である。
 このフィールドを生かすことは、この地方でこそ意義が大きいが、地域で活用するだけでなく、広く使えるように展開することが求められる。
 この研究では、さまざまなレベルでの環境教育への試みが行われた。これを最初のステップとして、さらに環境教育のシステムが高められることが期待される。


伊東 俊和
霧多布湿原センター 主査

遠藤寿美恵
遠矢小学校 教諭

小林 聡史
釧路公立大学 助教授

佐藤 光則
塘路湖エコミュージアムセンター 指導員

澁谷 辰生
厚岸水鳥観察館 専門員

高嶋八千代
釧路湿原国立公園
ボランティアレンジャー

高橋 忠一
北海道教育大学釧路校 助教授

針生 勤
釧路市立博物館 館長補佐

蛭田 眞一
北海道教育大学釧路校 助教授

 湿原を訪れる人たちは年齢の幅、障害を持った方々、個人、グループと様々である。ボランティアレンジャーの会活動を含め、現地で行う案内は一日限りのことがふつうである。補助的に絵や写真も使うが、目の前にあるものは解説の導入となりやすく、植物は用いやすい。しかし、例をあげるなら釧路湿原やその他いくつかの道東の湿地にその生育が知られる「ハナタネツケバナCardamine pratensis L.」は日本では分布地の限られた植物であるが、花期以外では説明されなければ気づかないこともある。水中で見えにくい絶滅寸前の水生植物もある。植物のことのみならず、湿原で生じている自然のつながりあった現象は話を聞いたり、じっくり観ないとわかりにくい。そこで常設の解説板など来訪者に情報を伝える設備も使いながら、プログラムの試行を行っている。
 公園内では採取は控えなければならないことや、むやみに立ち入ることはできないため制約はあるが、攪乱の少ない自然景観の豊かな地域はやはり魅力がある。制約のあるなかでどのような対象者に、何を用いてどのような手法で何を伝えるかということ、事前の準備と最後のまとめ、次回のための評価など、時期や対象に応じて考慮すべきことは多い。
 一回のプログラムで、湿原とはどういうものかに始まり、湿原の成り立ち、湿原と人間のかかわりの歴史などのうち、植物にまつわるものだけでも伝えたいたくさんの内容があるが、持ち時間の中では目の前の事柄が中心になり、人間生活との関係はふれる程度で「環境」までは行きにくい困難もある。
 手話など通訳が必要なときは、説明は通常の半分で同じ内容を伝える必要がある。葉擦れの音などの話題はどう伝えたら良いかなど状況にあわせた対応の仕方を考えなければならない場面もある。また触覚と聴覚による湿原の体感はどのようになされたら良いかなどは、まだ入り口に立ったばかりの感がある。温根内では最近バリアフリー木道が整備されたこともあり、これからさらに様々な対応と工夫を重ねなければならないだろう。

−プログラム例−

 これは平成11年度の釧路湿原ボランティアレンジャーの会の行事(9月12日実施)「ミニウオーク」の中で行ったプログラムの一つで筆者が担当した部分である。今回は湿原周辺の林内散策路がコースとなったので湿原本体ではなく、湿原周辺の林に目を向けることとし、参加者参加型のゲーム形式とした。


 「ひだまり広場でのプログラム」
 プログラムタイトル:Tree Wanted ゲーム

 テーマ:散策路周辺には何種類もの樹木があります。手配書に基づいてそれぞれのグループごとに樹木を探してみましょう

 目的:このプログラムを体験することで、樹木の樹形、葉、花、実、木はだ、冬芽の観察から目指す樹木を探し、林には様々な樹木があることを知ることができる。また林を観察することにより、その林の歴史を知るとともに、湿原と林のあり方にも考えを広げることができる

 場所:ひだまり広場とその周辺

 時間:15分

 対象:一般20人(釧路支庁管内の市町村広報誌、報道機関で広報)

 準備:あらかじめ木にナンバープレートをひもで結わえておく。捜索範囲を指示する。グループの代表に手配書、木はだのプリントを配布
 
 シナリオ:@グループ分けAグループ代表に手配書と木はだのプリントを配布、ゲームの説明B各グループで作戦会議C捜索開始D結果発表とまとめ
 
 このプログラムは、木の名前ではなく木を観察することを求めるため、番号で答えを出してもらった。当初プログラムを考えた段階で予測したより広場周辺では樹種が少ないことが下見で判明したため、同種を何本か探すことにした。参加者は大人が多く、ここでは代表に結果を発表してもらったが、それぞれの木にまつわる思い出などとともに発表が行われた。

林の様子のまとめ

 釧路湿原周辺の丘陵地は、自然に再生したミズナラが優占する林です。イタヤカエデやミヤマザクラなどの落葉樹も混じっています。この林の木は最初木材を得るために、その後は、薪や炭を作る材料として何度か切られています。それであまり太い木はなく、太さも同じ位です。またミズナラは根元からいくつかに分かれた樹形をしていて、切り株から再生したことがわかります。
 大規模な林業開発以前は、湿原周辺の林は今とは異なる様子でした。大正時代の造材の記録では、トドマツ、エゾマツの混じったナラ、ヤチダモ、アカダモ(ハルニレ)、センノキ、ガンビ(シラカバ、ダケカンバ)、カツラなどがあります。
 気温からみると、釧路湿原周辺は広葉樹が優占する温帯と針葉樹が優占する亜寒帯の移行帯にあるのだそうです。それで気温がこのままで時間が経過すれば、また昔のような林になるのかもしれません。
 釧路湿原の水源林となる周辺の林は、どのような樹林が望ましいのでしょう。